プロの視点。挑戦しているのは子供だけじゃない。中学受験生を持つ親の2つの心構え

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受験業界のプロが多くの受験生のお父様、お母様と触れ合った経験から語る、中学受験生を持つ親の2つの心構え。

塾長07

中学受験。

それは、小学生のお子様にとって大きなチャレンジです。恐らく、これほどのチャレンジはお子様の人生においても初めてのことでしょう。期待と、好奇心と、そして不安に対して彼らは果敢に挑戦しています。

そして、それら期待と不安を感じるのは親ももちろん同じです。

中学受験という大きな目標にチャレンジする親として、いくつか持っておくべき心構えがあります。今日はそれをお話しましょう。

心構え その1:子どもには、子どもの人生がある。

1つは、「子どもには、子どもの人生があるということ」です。

このことを、いつも心構えとして持っておく必要があります。

そしてこれは、強く意識しておかないと、難しくなっていきます。

中学受験が始まると、しだいに、同じく中学受験を目指しているお母様とのつきあいやテストの成績など折りに触れて、子どもの現状が目の当たりすることになります。

そんなときに、「子どもには、子どもの人生があるということ」を忘れてしまうことがあります。

忘れてしまう例
  • 中学受験を目指しているお母様との会話なかで、あちらのお宅では、勉強をこうさせているみたいだから、うちの子にもそうさせなきゃと実行する。
  • 子どもの成績=お母様の成績と勘違いして、もっとがんばりなさい。 おかあさん恥ずかしい。 など暴言を言ってしまう。

以上のような行動や言葉は、主語は、子どもでなく、お母様ということになります。 子どもがないがしろにされているのですね。

これを回避する、もっともいい方法は、

  • 子どもに提案
  • 子どもと相談
  • 子どもに尋ねてみる

ということです。上記の例をとれば

 ×  中学受験を目指しているお母様との会話なかで、あちらのお宅では、勉強をこうさせているみたいだから、うちの子にもそうさせなきゃと実行する。
 ○  ▲▲君はこういう勉強しているみたいだけど、 あなたもしてみたら?試してみる価値もあると思うよ。」

や、

 × 子どもの成績=お母様の成績と勘違いして、もっとがんばりなさい。 おかあさん恥ずかしい。 など暴言を言ってしまう。
 ○ 「今回の成績は、悪かったみたいだけど、どこに原因があったの?」という声かけをする。

などです。

相談や提案をすることで、子どもの発言を主体として、改善策を探ることができ、子ども自身が納得して、行動することができるようになります。

 心構え その2:家風(家庭の雰囲気)を意識する。

2つめは、家風(家庭の雰囲気)を意識するということです。

お父さんがいて、お母さんがいて、家具があって、家電がある。

とカタチはあるけれど、空気が冷たく殺風景な家庭も増えてきているようです。朝も、夜も、一人でご飯を食べている子どもも少なくないようです。 だからこそ、今一度、家風を大事にしてほしいと思っています。

校風、社風、その土地柄に気風があるように、心で感じることのできる空気があります。

この空気は、一夜にしてすぐ確立できるものではありません。

ですから、中学受験をきっかけに、子どもは、勉強すること、保護者様は、家風を作っていくことを日々の習慣にできることができればと思います。家風は、まずは、保護者間の使っている言葉から改めなければなりません。

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まとめ

中学受験において、親が持つ心構えは、特別なことはなくて、言葉と雰囲気を意識するということです。

これを意識することが、子どもが安心して、勉強に取り組むことができるのですね。子どもにとって、我が家は安心できるところでなければなりません。

子どもは、学校生活を中心に、人間関係、苦手なこと、成績のことなど、子どもにとっては、都合の悪い出来事も日常茶飯事です。

だからこそ、子どもにとって、お父さん、お母さんは、自分の見方であり、家は、安心できる居場所である必要があります。

だれのための中学受験なのか。

紛れもなく、保護者のためでなく、子どものためなはずです。

以前にも、書かせていただきましたが、今一度、次のことを心に留めていただけるといいのかなあと思います。

「子どもを中学受験させて、少しでもいい学校に入り、その先、いい会社に入ることが、将来の人生の幸せになるからでしょうか。」

そうであるならば、それは、親のおせっかいである可能があります。

中学受験をすることが、将来、子どもの幸せになる保証はありません。

実は親の世間体や、親自身の幸せのために、子どもを受験させている可能性もあります。

親が常に心がけないといけないのは、上記のような「子どもを・・・」という発想ではなく、「子どもが・・・」という考え方です。

つまり、「子どもが、どんな大人になりたいのか。」「子どもが、どうなることが幸せなのか。」

と、いうことなのです。

 

 

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